障害者と健常者

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ちょこちょこ定期的にこういう記事を目にするんだけどね。
その度にどうしても「障害者と健常者」は相成れないのではないかと思ってしまう。
・「娘がシートベルトを嫌がるので付けずにいたら飛行機から降ろされた。
 日本は知的障害への理解が足りない」…障害者支援施設長
 http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1168875.html
 飛行機に乗った時、娘がシートベルトを付けるのを嫌がりました。
 私が上から抑えていたので問題はないと思うのですが、
 しっかり締めずに声を出していたこともあってか
 「シートベルトをしていない人を乗せることはできない」と、降ろされました。
まあ、ちょっとこれは極端かもだし、断片情報に過ぎないかもだけど。
自分、他人も含めた「安全のために決められたこと」を守れないのなら、
障害者だろうとそれは免罪符にはなり得ない。そう思うんだ。
更に極端な例で言えば、障害があるからって信号無視していいわけ無いでしょ?
目が見えようと見えなかろうと、IQが150だろうと70だろうと、
白人だろうと黒人だろうと、”守るべきルール”は守るために存在する。
それを”障害者に理解を”という括りでルール無視を容認させようとするのは、
もうそれは”社会不適格で迷惑かけるけど我慢して”ってレベルになっちゃう。
そして、その迷惑を押し付けられる側としては”迷惑極まりない”わけであり、
障害者に壁を作り、偏見の眼差しで見て、そういった負のスパイラルに…。

ある意味、子供の躾に似ている。
幸い珠希はおとなしくしていることが多いけど、それでも
 -電車の窓から外を見るため、靴のままシートに乗ろうとする
 -乗っているバスから見えた消防車に興奮して大声
 -飲食店で歩き回ろうとする
とかする時が無いわけではない。
これを「子供なんだから仕方ないだろ」で済ませていいの?
ダメでしょ、そんなの。(そういうバカ親もいるけどさ…)
ちゃんと抑止し教育するのが親の役目であり、
それを放棄し周りに迷惑を掛けるのであれば、子を連れて外に出るべきではない。
(ま、ホントに「外出るな」とは言わないけど)
「知的障害への理解が足りない」らしい。
“理解”とはなんだろう?
障害があれば、シートベルトをせずに他人を危険な目に遭わせていいのだろうか?
障害があれば、ルールを守らず特例で好き勝手にしていいのだろうか?
障害があれば、他人の迷惑や被害は関係無いというのだろうか?
障害者を擁護(?)することはしばしば”逆差別だ”と言うけれど、どうなんだろう?
確かに「障害=免罪符」とする逆差別と捉えることはできるけど、
それ以前に、「単に迷惑」なだけだと思うんだ。
自分の子供が障害を持っていても、”健常者”と同じよう生活させたい気持ちはわかる。
珠希だって一時は療育センター通いしたし、そこで多くの障害を持った子を見たし、
何より「子供に対する親の気持ち」は身を持ってわかっている。
けど、そのために他人に理解の押し付け、迷惑の押し付けはあってはならない。
そんなんじゃ「障害者への理解」が深まるわけが無いでしょ、どう考えても。
何度かこういった”知的障害者と責任能力”に関しては書いたことがある。
やはり自分の中で、
 ・障害の有無に関わらず、”ルール”は守るべき
 ・守れないなら、”厳格に管理”する監督者が付き添い全責任を負うべき
 ・それができず罪を犯すと”責任能力無し”となるなら、公の場に一切出るべきでない
という考えは変わらない。
書き方キツいけどね、そうじゃないと「障害者から逃げ惑う」生活になってしまう。
世の中のメディアも良くないんだと思うよ。
こうやって、障害者が何か問題を起こした記事が目立って、
あたかもそれが、全ての障害者に通じるもののように取ることができてしまう。
また、具体的に他人に怪我を負わせたりした”犯罪”の場合、
事件当初はニュースで取り上げても、その後の状況の報道などは皆無。
結果、「障害者とは、想像できない危害を加えてくる何か得体の知れない者」と、
とてもネガティブなイメージを植えつけることになっている気もする。
・”知的障害者”は合法的に犯罪が許されるのだろうか
 http://anond.hatelabo.jp/20070218013048
いや、許されないと思うよ。
だけど、それ以上は上手く説明できないんだよね。。

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コメント

  1. 大工 より:

    SECRET: 0
    PASS: 5d0672a8080af535beb70764854f00cc
    配慮が足りないって事じゃないのかな。
    確かに健常者でも落ち着きのない人、暴れる人はおろされるんだけどね。
    ただ、知的障害者に落ち着いていなさいってのは薬を強い飲ませない限り
    ああいった乗り物、特に始めて乗る乗り物の場合、うれしさを上手に表現
    できない彼らは薬すら利かないような状況になるのよね。
    だから、今回のシートベルトは安全上の問題で致し方ないんだけど、
    その先の知的障害児でも安全に乗れるような仕組み、例えば専用の
    個室を備えた飛行機を1ルート最低一便は飛ばすとかね。
    そういった部分への理解・配慮がないって事を訴えてるんだと思うよ。
    でもリンク先でのコメント見てると偏りだよね。
    甘えてるとかさ、うんじゃ自分の子供がそうなった場合、あんたは同じこと言えるのか?自分の子供をいろんなところへ連れて行きたいって気持ちはないのか?
    平等って事は自分たちと同じくその子たちにもいろんなところへ行く権利はあるんだよ。でも現在の移動手段では限りがある。
    だから理解と配慮がほしいって訴えてるのが甘えかって感じ
    車椅子の生活を強いられたら少しは理解されるかな?
    片手が不自由になったら解るのかな?
    言語障害とかになったら意思の疎通が取り辛いって事を理解できるのかな?
    真っ暗闇をライトなしに歩いたら目の見えない人の気持ちが少しは理解できるのかな?
    いい加減、健常者と障害者は平等であっても同等ではないことに気付いてほしいよね。
    ある車椅子の若者がバスに載せてもらうのに数十分かかったのにお礼一つ言わずに降りたって言うことを新聞に投函されたご年配の人がいたそうです。
    でも、お礼というのは必ずとも言葉で表さなければいけないものではないはず、
    それにもしかしたらその若者は笑顔というお礼を運転手さんに向けていたかもしれない。その姿をそのご年配の方の位置から確認できないだけでね。
    そして、もう1つ思うのは、ではそのご年配の方はその若者がパスに乗るとき何かしらの手伝いをしたのであろうかってこと
    なにもしなかったのならそのご年配の方はお礼を言わないことを問うだけの資格があるのかな?
    ただ、待たされたことに対しての腹いせと思われても文句は言えないのでは?
    そしてこの投函を御覧になられたあるバスの運転手さんのコメント
    こっから
    「公共交通という責務を担っている以上、老若男女、障害者も含め同じお客様として接しております。 特にいわいる交通弱者にとってのバスの存在意識は痛感しているつもりです。スロープ作業も含め当然の職務と思っている運転士がほとんどですので、あえてお礼を言う言わないにこだわるつもりはありません。バス停でお待ちしている姿を見るだけで気持ちは充分伝わります。 そのうえで、健常者のお客様には定時運行の希望が当然ありますので、障害者のお客様に失礼にならぬよう遅れの案内をしております。 安全を最優先に、平等に、定時運行のバランスも常に考えて乗務いたしておりますので、どうか偏見なく温かく見守っていただきたく思います。
    ここまで
    偉いよね。

  2. 大工 より:

    SECRET: 0
    PASS: 5d0672a8080af535beb70764854f00cc
    初めて書くことだけど、おいらも特殊な体質をしている
    見た目は普通の人となんら変わらないが血液に異常があって普通の人よりは白血球が多い、普段は上限値の8,000ぐらいのところにあり、疲れがたまりだすと15,000前後まであがる為、朝が弱く、夜眠れなくなる(不眠)に陥ることがある。
    これだけの値を示すとガンか白血病になる可能性もあるそうなんだけど今のところ大丈夫みたい。ただ、体が焼かれたように熱い、感じで言うと熱湯に浸かりっぱなしのような感じ。だけど、見た目は目の下にくまができるのと顔が青ざめたようになるだけだから日焼けすると正常な人と一切変わらないからなかなか周りの人の理解は得られないのが現状だったりする。
    多分、親が被爆一世ということが関係したものだと思うが誰を恨むこともできず理解を求める気もない。
    ただ、一つ言いたいのは目に見えるものだけでも理解をしてあげてほしいって事。健常者の人はそれだけで幸せだって事を解ってほしい。
    障害者は甘えで言ってるんじゃないのよ。
    ただ障害者の人も健常者の人と同じように人生を楽しみたいだけって事をさ。

  3. きゃすばる より:

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    なんていうかね、障害者自体を排除とかって気持ちは無いんです。
    ただ、取り巻いている"支援団体"みたいのが、どこかズレている気がする。
    あたかも盲目的に自分の主義思想が絶対と考える、一部の動物保護団体のよう。
    自分らの権利や思想ばかりを主張し、それに反する相手には
    徹底した排他主義を貫くような感じね。
    > 例えば専用の個室を備えた飛行機を1ルート最低一便は飛ばすとかね。
    > そういった部分への理解・配慮がないって事を訴えてるんだと思うよ。
    はい、わかります。
    スーパーやらの駐車場でも、車椅子での来客用スペースに
    平然と駐車しているマヌケとかいるしね。そのレベルから配慮が足りない人は多い。
    だーいぶ前、足を怪我してしばらく松葉杖で出社した。
    身体が不自由な人に対して、こうも世の中冷た不便なものかと痛感した。
    同じように、"知的障害者"にも残酷な社会なんだろうと想像がつく。
    乗っている地下鉄には「車椅子用スペース」があり、たまに使われている。
    普段は普通に人が立っているわけだけど、
    駅で車椅子の方の気配を察すると、誰が言うまでも無くスペースを空ける。
    当たり前でしょ? そう、当たり前。
    けど、車椅子の人が「どくのが当たり前だ。さっさと通せ。」というように
    感じ取れるような表情で入ってきたら、気分良くないのよ。
    少なくとも他の乗客は、スペースを空けるわけだからより窮屈になる。
    そこでね、別に下手に出てへつらう意味ではなく、車椅子の方が
    「ども。ありがと。」って感じであれば、それで互いにHappyになれる。
    もちろん立っている人も、嫌々場所を空けるのではなく気持ちよくね。。
    そういうところの"壁"が大きいんじゃないだろうか?
    で、今回みたいに"こんな記事をこんなふうに"新聞が取り上げると、
    「障害者に理解を!」「何が理解だ!」ってなっていくんじゃないかな。
    # なんか、ただの評論になっちゃうな

  4. 大工 より:

    SECRET: 0
    PASS: 5d0672a8080af535beb70764854f00cc
    >少なくとも他の乗客は、スペースを空けるわけだからより窮屈になる。
    それは、車椅子の人だけに限らないじゃない。
    誰かが乗れば誰かがスペースを開けなきゃ乗れない場合はいくらでもあるしね。
    それに"退けッ"って感じで乗ってくる人は健常者にもいる。
    それはその人の性格の問題であって健常者か障害者かの違いではないよ。
    でも、障害者の癖にって見方をする傾向に問題があるのよ。
    俺たちは障害者のお前のためにスペースを開けてやって通して乗せて
    やってるんだって気持ちが多少でも心の中にあること
    道歩いててさ、道ふさいでる人たちがいたら"交通の妨げだ"
    "どけっ"って思うでしょ?その障害者の人だって電車が動く前に
    スペースに辿り付きたいって気持ちからつっけんどんな態度に
    なってるだけかも知れない。
    感情を上手に表現できないだけの人かも知れない。
    相手が高飛車な態度とったってほっとけばいいじゃん
    黙って車椅子スペースに通してあげればいいだけ
    なぜ?そこで区別をするのって感じ
    特別視してるのはどっちもどっち
    そういった偏見の目に晒されていたら性格が歪むのも当然
    奇異の目に晒され続ければ精神的に参るのも当然
    ただ、普通の人と接するのと同じように接しとけばいいだけ
    けど心のどこかで特別視している人たちが彼らを特別に
    しているだけだから当たり前のように普通に接するのみよ。

  5. しまむる より:

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    難しい問題ですな。
    何が正解なのかわからないけど、今の日本はこの問題については水準が低いような気がします。
    イラクには障害者の施設がない(正確には無かった)んですな。
    で、欧米人が「それは酷い!」とそこにテコを入れだした。しかしなぜ酷いのかイラク人は理解できない。
    なんてことはない、イラクにおいては障害者が施設など入らなくてもやっていける社会なんですな。
    必要が無ければ、あるはずがない。
    施設が無いことを「酷い」と感じるのは、障害者にとって不便な社会に生きているからこそ。
    福祉として整備する社会もいいかもしれないけど、そもそもそんなもの必要ない社会、どっちがいいんだろう。
    なんて以前考えたことを思い出しました。

  6. Rey より:

    SECRET: 0
    PASS: 796f2c6347496f219143fe5a93c06e71
    向き合ってる私とすれば、大工さんの意見とほぼ同じ。
    障害者だから社会のルールを守らなくてもいいわけはない。
    施設にいる利用者がルールを破る行為をした場合、
    何回も注意するし(1.2回程度の注意で直らないから)時には
    厳しく怒る事もある。
    しかし、何十年たっても直らない利用者もいたりする。
    この記事にある「シートベルトを嫌がる」点が詳細にされて
    いないから、多くの誤解をよんでいるように思えるんだよね。
    知的障害者の多くに『こだわり』も持っている。
    人によっては物だったり他者の行動だったりする。
    その『こだわり』の部分に対して、刺激しすぎたりすると
    パニックになって自傷や他害行為をおこす事が多い。
    中には大暴れしてガラスを素手で割ったり、火事場の馬鹿力の
    ようなあり得ない力を出す者もいる。
    この「シートベルトを嫌がる」のがこの『こだわり』やトラウマだと
    したら、強引に装着したあとは飛行機が飛ばなくなるかもしれない
    ほどの問題がおきる可能性がある気になるがするなぁ。
    例えば、飛行機のドアに体当たりや頭突きをするかも。
    外に飛び出し空港や滑走路を走り回る、なんて事がおきても
    不思議じゃない。
    パニックになったら予測不可能だから止めるのは大変。
    >ただ、知的障害者に落ち着いていなさいってのは薬を強い飲ませない限り
    ああいった乗り物、特に始めて乗る乗り物の場合、うれしさを上手に表現
    できない彼らは薬すら利かないような状況になるのよね。
    これは本当。
    怒っていたりパニック時には、健常者なら注射して数秒で寝ちゃうような
    強い薬でも全く効かない。
    施設にいる利用者で、このような注射を3本しても全く効かなかった事が
    あった。
    >けど、車椅子の人が「どくのが当たり前だ。さっさと通せ。」というように
    感じ取れるような表情で入ってきたら、気分良くないのよ。
    車椅子に乗っていても頭が正常とは限らない事もある。
    認知症や知的障害者かもしれない。
    知的障害者だとお礼をいうって事を、考えられない人も多い。
    やってもらって当たり前と思ってるわけではなく、お礼を言う
    って事が理解できないから。
    子供扱いするつもりはないけれど、子供と同じだと考えてもらいたい。
    子供に何かしてもらったらお礼をいう事を教えるとき、親がその時々に
    「ありがとうは?」って促がすでしょ。
    何回か繰り返せば覚えていくのが健常者。
    何十回、何百回言っても覚えないのが知的障害者になるかな。
    私はハンディがある方に「何かをしてあげた」時に、それが当たり前の
    行為で、そのハンディのある方がお礼を言わないだとか、表情に出さ
    ないから気分がよくないとか思わない、普通の行為なのだから相手に
    何かを期待しない社会になって欲しいと願っている。

  7. フィーロ より:

    SECRET: 1
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