上下関係

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

昨晩、布団の上にうつろに横たわりながら、なんとなくテレビを眺めてた。
なんかくだらないバラエティーとか多いよね。
そんなのより、なぜ消火器で聖火を消そうとしたりするのか、
チベットではなにが起きているのか、なぜ中国側とチベット側で発表内容が違うのか、
大気汚染問題について、日本にどれだけありえない態度を取っているのか、
そういったことを広く正しく伝えればいいと思うけどね。。
まあ、それはいいや。
みのもんたが出てたと思った。クイズ形式だったかな?
なんせボーッとしていたから記憶が定かではないんだけど、
今時の小学校で”消えたモノ”ってのをやってた。
・通信簿の5段階表記
・カエルの解剖
・土俵
・二宮金次郎像
・ブルマ
・教壇
こんなんだったかな?
通信簿は、各教科を単に数値での5段階にするのではなく、
さらに細分化して「よくできた」「できた」「がんばりましょう」なんだと。
バカ親による「ウチの子を数字で評価するな!」みたいな意見の対応ではなく、
詳細を明確にすることでモチベーションを上げ、前向きにさせる意図なら良いと思う。
解剖は、命を粗末にしているからだと。
どうだろね? 確かに全小学校が行えば、毎年何百万匹(?)という
カエルさんの尊い命が天に召されていくわけであり、それはそれで問題な気がする。
けど同時に、カエルのような人間と比べ下等な生物でも”生き物”であり、
心臓があり肺があり胃があり腸があり… そのへんのおもちゃの電池切れとは違い、
失われた命は2度と戻らないという、”命の尊さ”を目の前で学ぶ機会でもある気がする。
代替案として、教師1人が解剖を行うか、解剖ビデオを見せるか、
そういうのでもいいような気もするんだけどなぁ。。。
土俵(=相撲)は、体格差が顕著に現れるし怪我もしやすいからだと。
はい、これでまた国技離れが1歩進みました。
って冗談はさておき、怪我をしやすいのは確かだよね。
また、小柄な男が大男を倒すのは、格闘技の世界ではありえても子供同士じゃ無理。
そのあたりの”体格により事前に勝負が見えている”というのも、
小柄な子供からしたらイヤなもんだよね。おいらもイヤだったしさ。。
金次郎さんの像は、歩きながら本を読むのを真似ると危ないからだと。
いや、まあ、、 そりゃそうなんだけど、、、
もうちょっとさ、その表面的なことじゃなくて意図を汲み取り子供に伝えようよ。。。
まあ学校側、保護者からしても、”万が一”のリスクでも排除したいんだろうけど。
ブルマが無くなったのはけっこう前からじゃん?
そう、ブルマ世代だったおいらは勝ち組!

で、最後に教壇。今までのは、これについて言いたいがための前置き。
いやね、「生徒と教師を同じ立場にするため」の教壇の撤廃なんだって。
古い考えの人間なのかもしれないけど、これには酷く違和感を覚えた。
“撤廃”自体への違和感ではなく、撤廃となった”理由”への違和感。
だってさ、教師と生徒は対等じゃ無いじゃん。
それぞれが”同じ人間”という意味での上下があってはならないけれど、
学校の教室での授業という状況で、知識を与える目上で経験豊富な人間と、
知識を与えられる目下の経験不足で未成熟な人間が、立場違うのは当たり前じゃんか。
なんか、”人権だ”とか”権利だ”とかって風潮が、行き過ぎてる気がする。
「人権と権利」を装った身勝手と利己主義と他人への攻撃。
 -違法駐輪をしながら「どこに止めようと自由だろ」と開き直る。
 -「患者の権利だ」と叫びながら医師を大声で罵倒する。
 -「ウチの子は○○だから」と教師にに無理難題を当然のように押し付ける。
そういう”ヤクザのいちゃもん”と同レベルな感じで、
「教師が壇の上から子供を見下すとは何事だ!」なんてクレームでもあったのではと、
なんだか変な想像をしちゃうんだよね。。。
人間として、いや、生物として本来全て平等であると思う。
それこそ「ミミズだって オケラだって アメンボだって~」という歌の通りにね。
けど、社会の中で、それぞれの人間の立場は同じではない。
新入社員が、入社日にその企業の社長に
「よお、元気? 今日からよろしくね。まあ、足引っ張んないよう頑張るよ。」
なんて言ったら、その日が退職日になっちゃうでしょ。
それは極端にせよ、全ての他人は尊敬の念を持って接するべきと考えている。
いろんな意味での先輩、目上の人なんかは特にね。
あ、電車の地べたに座っているような、恥知らずのクズどもとかは除くけど。
まだ小学生であればなおさら、「先生と生徒は立場が違う」ということを
ちゃんと理解できるような環境であるほうがいいと思うんだ。
歪んだ権威主義とは違う、常識としての目上との関係を養うのって大事だと思う。
おかしな方向で「人権と権利」の解釈を進めちゃって、
うわべだけの「先生と生徒は友達みたいな仲」なんてのを目指しちゃってさ、
そういうのが「学級崩壊」とかの原因の一端になっているのではないかと。。。

以前、運動会とかの順位付けを無くすとかって記事に関して書いたことがある。
・差別とはナニ?
 http://kimiope.blog59.fc2.com/blog-entry-315.html
ちょっと違うけど、でも通じる物があると思う。
人間なんて、みーんな立場が違う物。現実として仕方ないし、それが社会。
家では親子という関係があり、学校では先輩後輩という上下があり、
社会に出ればそれこそいろんな意味での強者と弱者がひしめいている。
小さいうちからあんまり極端に「平等意識」みたいなのに染めないでさ、
現実的な主従関係、上下関係とかを現実的に理解させたほうがいいと思うんだ。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

コメント

  1. ぶう より:

    SECRET: 0
    PASS: 1cbbf47a672901af5b938f751c78bb41
    体調、もう一つのようですね。思い切って休んじゃえ~(駄天使の囁き)
    >小さいうちからあんまり極端に「平等意識」みたいなのに染めないでさ、
    そうですよね。そう思います。
    >「先生と生徒は友達みたいな仲」なんてのを
    これって、先生が言えば「押し付け」でしょ?本来は、子供達が自然に感じる事でそれがず~っと思い出に残ったりするもんでしょう。
    自己満足の馴れ合いは、反対に子供達に慢心を与える結果にしかならないと思います。それを引きずって・・・大人になる人もいる訳で社会に出て苦労する事になったりもしますよね。
    上下関係の中での親しみみたいなもの、オラの時代は、あったんだけどなあ・・・。

  2. しまむる より:

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    若い時に尾崎豊とか聴いて影響されちゃった人達が親となって、下らない学校への批判とかしてるって土壌も一部あるのかな~?なんて思ってます。
    バカ親だったら有り得そうな気がしません?
    「校則という拘束」
    「教科書は何も教えてくれない」
    「教師なんて偽善者」
    大人、親になってもこういうフレーズに感化されたままなのかと思うと、見てるこっちが恥ずかしくなってくる~。
    甘えるな!(笑)

  3. haku より:

    SECRET: 0
    PASS: 3e460fb132afa11acc1f1a28e12d03a7
    何から何まで完全に一致していて「差がない」ことなんてあり得ないんですから、何でもかんでも「むりやり同じ扱い」することが無茶でしょう。
    教えなければならないのは「区別」と「差別」の違いだと思います。
    人それぞれ個性がありますし、得意不得意な分野があります。
    立場の違いもあるでしょうし、年齢の違いもあります。
    それらをひっくるめて、違いを認めることは単に「感情を伴わない」区別です。
    問題となるのは「人間性」について差を付けて扱う「差別」でしょう。
    何か「差」を見つけては「差別」扱いしようとする魔女狩りみたいな今の風潮は頂けないですね。

  4. 聖雅のパパ より:

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    今って学芸会も主役が一人じゃ無いとか、運動会の徒競走でも順位をつけないらしいですね。
    子供のうちから何でも平等って教え込んでも・・・
    現実には、
    勉強や運動能力の差、容姿の差とか有るんだし、社会にでたってお客や取引先との関係、上司や先輩との関係だって平等なんかじゃないのに。
    子供のうちから何でも平等って教え込んでも・・・
    いつか、現実には平等じゃ無いって事に気づいたときに
    乗り越えられるのかな?と、思いました。
    でも、学校がこんな風になってきたのは、おかしな親が多くなってきたからなんでしょうか・・・

  5. きゃすばる より:

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    >ぶうさん
    いつもありがとうございます。
    昨日火曜は休みました。もうフニフニです…。
    で、
    やっぱり正常な上下関係がある中での信頼関係が大切だと思います。
    教師側から不自然に立場を下げても、いい関係には程遠いような。。。
    >しまむる
    > バカ親だったら有り得そうな気がしません?
    もう「バカ」っていうか、知能が低いんじゃないかと思っちゃうね、申し訳ないけど。
    でもまあ、「校則という拘束」の必要性や「教科書は何も教えてくれない」ではなく
    コレを学ぶことにどういう意味があるのか、そういうのを最初の授業で
    サラリと触れるくらいはあってもいいかもね。
    だって、誰しも「こんなのなんの役に立つんだ?」って思う授業ってあったじゃん?
    >hakuさん
    > 教えなければならないのは「区別」と「差別」の違いだと思います。
    そうですよね。私もそれを言いたかった。
    人それぞれ"差"があるんだから、それによって違いが出てくるのは当然で、
    だから同じ年齢の人間でも、片や年収が億で、片や年収ゼロがいるわけで…。
    やっぱりこういうこと、学校任せではなく親がしっかりしないとですね。
    >聖雅のパパン
    > 今って学芸会も主役が一人じゃ無いとか…
    あー、お姫様役が何人もいたりとかですよね。もう喜劇。
    > 現実には平等じゃ無いって事に気づいたときに乗り越えられるのかな?
    できないから、学校で我が物顔で振る舞い、敬語もロクできず、
    根拠も無く「自分はこんなところで留まる器じゃない」と簡単に辞表を書くような
    ナニかがズレている若者が増えているのでしょうね。。
    お互いチビは"しっかり"と育てたいですね。

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。