「ふつうの人には夢なんて無いんだよ」

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来年40となる男には、いきなりグサッとくる刺激的なタイトルだけど。
「ふつうの人には夢なんて無いんだよ」
http://d.hatena.ne.jp/Rootport/20120820/1345469165
> 私たちの多くは自分の夢が分からないまま生きている。
> およそ3万日の人生を何についやせばいいのか、決断できないまま一生を終える。
> 夢のない「ふつうの人」として、目の前の課題や仕事を必死でこなしてきた。
> その結果、人から羨まれるような生き方を、運よく手に入れた。
> ゴールの見えない坂道を走り続けただけなのだ。
> しかし大人たちは「夢を持ちなさい」という。
> 私たちは無神経にも、若年者に対して「夢を追いかけなさい」と言ってしまう。
> ためしに「夢を持ちなさい」と言った人々の顔を思い浮かべてみるといい。
> 両親、学校の先生、親戚縁者、社会科見学で出会った大人たち……。
> 彼らははたして夢を叶えていたのだろうか。
> ふつうの人には夢なんて無いんだよ。
> 大切なのは「夢」の有無ではない。
> 「誰にも真似できないぐらい打ち込めるもの」の有無だ。

抜粋、、 というか超かいつまんだので、ぜひ原文を見てくださいね。
で、この方の言う”夢”とはズレがあるとは思うのだけど、
私は「何かを目指し、本当に打ち込めるものを見つけ、言い訳せず打ち込む」ってのが
大切であって、それを”夢”という言葉で置き換える考えでいる。
最後の2行とちょっとだけ被る感じかな。
大学の時、初めてクラシックギターに触った。若かった。若くてピチピチ。
若いからこそそれに没頭し、1限の時間には学校にはいるものの講義を受けず、
1人部室で教科書ならぬ譜面をにらみつけながら練習している始末。
褒められたものではないけれど、本当に全力で取りかかっていた。
通学の電車では楽典やいろんな譜面を読み、時間を作っては楽器屋で廉価~高価の
様々なギターを触り、バイト先では店のBGMを勝手にクラシックに替え、
バイト代はギターの先生へのレッスン料とCD代へと消えていった。
あ、酒代として使ったほうが大きかったかもな?
まあ、早々に自分の技術の限界に気付いてしまったのもあって、
その頃は「ギターで食っていこう」「大勢を感動させる演奏者になろう」なんて
大それた考えは持ち合わせていなかったのだけれどね。
ただただ自分が到達できる限りの高嶺を目指して、人生で1番集中していた。
この4年間(留年したから5年)って、2度と手に入らない宝物なんだよね。
言葉での説明などできないほどの、悔しさと努力と満足感と達成感と涙と2日酔いの悪心。
考え、方向性が衝突して思い切りケンカもしたし、朝まで悩みを語り合ったりもした。
今思うと”子供”なんだろうけどね。自分でも青かったと思う。
けどその時の同期たちは、今となってはもう作ることができない一生の親友たち。
それが何であっても、直接的には1円にもならないことであっても、
何かに本気で自分を注いだ経験ってのはその人の大きな経験値になると思うんだ。
そういう意味での「夢=自分の打ち込めるものに全力で取り組む」ってあんばいかな。

私自身、息子たちに「夢を持て」などと偉そうに言えないからね。
毎日疲れて帰るだけ。今や連休すら取れない有様。2泊3日の家族旅行こそ夢のまた夢。
そのギターすら触っている余裕も無い。
頑張ってることもあるけどね。フットサルとか筋トレとか。
ただ”全力で打ち込む”ってのとは違う。余暇にやる程度の趣味レベル。
社会人になり妻も子供もいるとなると、もうなかなか”全力で取り組む”ような
何かって持てないと思うんだよね。残念だけど。
さて、我が子たちは何を「夢」として頑張るんだろうね。
下手に口を出さずに、かみさんと楽しみに見守りたいと思う。

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