おこがましくも哀れで愚かな人間?

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

こんなの見つけた。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
昔あるところに旅をしている僧侶がいた。
ある日僧侶が道を歩いていると、雀が蛇に捕らえられている。
雀が涙を流しながら僧侶に命乞いをするので、僧侶は雀を不憫に思い蛇に語りかけた。
「その雀はまだ若い。私の腕の肉と交換に助けてやってくれないか」
すると蛇は不思議な天秤を持ち出すとこう言った。
「これは命の重さを量る不思議な天秤だ。
 この雀と釣り合うだけの肉を差し出せば雀を助けてやろう」
僧侶は少し訝しげに思ったが、涙する雀を見てその交渉を呑むことにした。
僧侶はまず腕の肉を少し削ぎ落とし、天秤の反対側に載せた。
肉は雀と同じくらいの大きさだが、天秤はピクリとも動かない。
更に肉を削ぎ落とし載せたが、やはり天秤はびくともしない。
次々と肉を削ぎ落とし、とうとう片腕を失ってしまった僧侶だが、
やはり天秤は一向に動く気配を見せなかった。
業を煮やした僧侶が自ら天秤に乗ると、ようやく天秤は釣り合ったという。
たまげた僧侶を尻目に、蛇は不適な笑みを浮かべて曰く、
「どうだ坊主。この雀の命は、腕の肉切れ一片で足りるとでも思ったか。
 己の命も犠牲に出来ぬ分際で命を助けるようなぞ高尚なことをほざきおって、
 おこがましくも哀れで愚かな人間らしいことよ」
呆然とする僧侶を横目に、蛇は雀と僧侶の腕を丸呑みし、どこかへ去っていった。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
最近、ブラックジャックをチョロチョロ読んでいる。
天才的な外科医のブラックジャックが、あるとき命の恩人である本間先生を訪ねると
なんと死の床に臥していた。
ブラックジャックは全力で執刀し、完璧な手術をした。
が、その甲斐なく本間先生は静かに息を引き取った。
「なぜだ! 手術は完璧だったはずだ!」
と頭を抱えるブラックジャックの横に本間先生が現れ、
「人間が生きものの生き死にを自由にしようなんて、おこがましいとは思わんかね。」
と諭すように言うシーンがある。(ちとうろ覚え)

まあ確かに、この地球上では人間が1番知能が高い高等生物なんだろうけどね。
ただそれによる”おごり”もあるのではないだろうか。
船や飛行機という移動手段のため、以前は局地的被害で済んだ疫病が
短期間のうちに世界中にばら撒かれ拡散する。
新薬の開発のため、無数の実験動物が犠牲となる。
人間の視点で益虫・害虫、益獣、害獣に区分され、都合で薬殺されたりする。
その技術力で化繊の衣類を作ればいいのに、わざわざ生きている動物の毛皮を剥ぐ。
まだ子宮内の動物の仔を引きずり出し毛皮を剥ぎ、ハラコとして重宝される。
「するな」と言えるほど私が高尚な人間なわけはないし、
説得力のある理論や主張を持ち合わせているわけでもない。
新薬の開発や難病克服のために犠牲になるモルモットたちを”おかしい”と感じるが、
ではそのおかげで救われた命はなんなのか、自分の子供がその薬のおかげで
助かったとしたらどうなのか、そう考えると明確な結論が出ない。
だから、いろんな”人間の犠牲になった動物”にモヤモヤするときがありつつも、
一方そんなことは忘れ、自分は旨そうに焼き鳥や焼肉を食べている。
そして食べきれない際は、その肉を”ゴミ”として平気で捨てることもある。
(基本的には食べる量しか頼まないし、食べ物は残さない主義だけどね)
ブラックジャックってさ、結構悲惨な結末の話が多いんだよね。
「鹿の脳を大きくすれば知能が上がる」と手術をしたものの、
結局は凶暴になっり人を襲うようになったその鹿を、撃ち殺す羽目になったり。
これ、まさに手塚治虫が
「人間が生きものの生き死にを自由にしようなんて、おこがましいとは思わんかね。」
と言いたかったんじゃないのかと、ふと思った。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。