見返りとエゴ

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たいていの人には、
 -いつも笑っていてほしい
 -いつも元気でいてほしい
という存在がいるんじゃないかな、と思ってる。
私にとっては妻であり子供であり、親や親友たちであり。。。
子供の突拍子も無い行動で妻と腹筋が攣るんじゃないかってほど笑ったり、
帰りに妻の好きなチーカマ買ってきたら「わーい!」と満面の笑みだったり、
子供と一緒にドラクエやら鬼ごっこして遊んだり。
私が関わっていなくても、かみさんが職場の人に親切にしてもらったり、
珠希が先生にほめられてニコニコしていると、それだけでこちらも嬉しくなる。

ふとね、相手からのその見返りが無くても
私は同じことを続けていけられるものなのかな、、 なんて思った。
例えば「あしながおじさん」。
経済的に支援することで対象の子は生活でき、きっと心から感謝している。
本人だと明かさなくとも、遠目からその感謝の気持ち、元気な様子、笑顔、頑張りを
暖かく見守ってあげることはできるかもしれない。
でもね、人としては「ありがとう」の一言を求めてしまうんじゃないかな、と。
例えば「サンタクロース」。実在するのか知らんが。
毎年毎年、その子の欲しいプレゼントを届けてあげる。
子供は早起きし、胸を躍らせながら靴下の中に手を突っ込んで、
歓声と共に中のおもちゃを勢い良く取り出して、両親に自慢する。
“サンタ”なので、一人一人の子供の笑顔の様子は見えているのかもしれない。
けどやっぱり、本当は「サンタさんありがとう」と顔を見て言って欲しいのではないか。

全ては私の狭量から来る考えなんだけどね。
ただ、もし私がどれだけ愛を注いでもかみさんや子供から何も返ってこなかったら。。
まあ「見返り」とは言っても笑顔で充分なのだけど、
それすら無かったら、言い表せない切なさでいっぱいになるだろうな、、 と。
一方通行って結構辛いもんだよね、きっと。
あ?
ウチの家庭の危機なのかって?
そんなんじゃねえよ(笑

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